mahopower31.work

派遣社員から臨床工学技士になった人の日記です。

10年で変わらなかった思いから再進学を決意しました

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

なんと。今年ではてなブログは10周年だったのですか。

10年で変わったこと・変わらなかったこと」があなたの今を作るとありましたが本当にその通りです。10年前を思い出してみましたが、私にとっても10年とは特別な意味を持った時期でした。実は私が「臨床工学技士」と言う職業を初めて知ったのが10年前なんです。

 

10年間の振り返り

10年前の私は医用生体工学を専攻している大学生でした。

この専攻を選んだのは高校2年生の時がきっかけ。腎臓疾患疑いで長期入院をしたことをあるのですが、その時に同じ病室で入院していた方とのコミュニケーションをきっかけに医学と工学の両方に興味を持ちました。

 

この時点で大学を卒業したらどの方向に生きていきたいのかは決めていたのですが、どんな医療職があるのすらも知らず、漠然と生活していましたね。そんな中で研究室の教授から勧められたのが「臨床工学技士」でした。

 

業務内容を紹介された時点でやってみたいという気持ちはあったのですが、資格を取るには大学だけではダメで養成校の進学が必要でした。ということで進学したい旨を親に相談しましたが、当時は許されませんでしたね。残念ながらハードルを超えられませんでした。

 

「夢を語るな」、「お前の頭でできるわけがないだろ」…こんな話が続くわけです。心が折れてがっかりしてしまった時も「お前のためを思って言っているんだ」と親から言われました。ですが、私というものを徹底的に否定されてしまったのはショックでしたね。今思えば養成校の費用って結構高い。大学出て更に専門学校進学となればかなり高い金額になったはず。それはそれで嫌だったのかなと思います。

 

就職してから

その後、就職活動をし新卒で技術派遣会社に入社しました。この選択をした理由は興味のある分野の道がなくなってしまい、色々な業界を見てみたかったからです。後、会社説明会で「やりたい仕事に就ける」「医療系の案件もあるよ」とのことだったので、そこに関われればいいなという気持ちもあったのも大きかったです。ですが、入社してから今まで医療系業界に行きたいという希望は一度も通りませんでしたね。

 

冷静に考えてみれば、派遣先の希望が通らないのは当然です。

もし、派遣会社が全技術派遣社員の希望を通せたら地域や環境の偏りが当然出てきます。一方で派遣会社は求めている会社(メーカー)に迅速に自社の人間を送ることで利益を得ています。そうなると派遣会社は希望なんて考える暇などありません。そこでどうしても双方のギャップが出るわけです。

なので、技術派遣のメリットでよく言われる「やりたい仕事がある」「希望の案件に就業できる」は全然違いますと断言できます。

 

ですが、私はそのおかげで業界、業種の食わず嫌いは少なくなりました。大学時代に全然興味のない車に関心を持つことが出来たのも自動車の案件に派遣されたことがきっかけです。もし派遣されなければ、電気自動車のイベントやスポーツカーのイベントに参加し、ワクワクする気持ちを持てなかったでしょう。

 

ただ、そんな中でも大学生の時に興味を持った分野に関わりたい気持ちは消えませんでした。そして今は自己責任という形で臨床工学技士の養成校に再進学をしているわけです。

 

現在

こうやって見てみると、10年前の出来事が今の私の原動力なんだなと思います。勿論今でも今後どうしていきたいのかを描いている訳ですが、結局はズレていくのでしょう。ただ、なりたい自分を思い続け、与えられた状況に対して自分にできることをしていくと最終的には後悔のない期間を送ることが出来ました。

 

変わったことと変わらなかったことどちらもまとめるとこんな所でしょうか。

変わったこと⇒何事も挑戦する姿勢(受け身から主体的になった)

変わらなかったこと⇒医療業界への興味

 

これからの10年も上手くいかないことが多いでしょうが、後悔のないように学生生活を送っていきたいと思います。